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三菱一号館美術館中庭
三菱一号館美術館
〒100-0005 東京都千代田区丸の内 2-6-2


「シャルダン展」三菱一号館美術館中庭
「シャルダン展」三菱一号館美術館中庭
In this historic exhibition, the first devoted exclusively to Jean Siméon Chardin (1699-1779) ever to be held in Japan, the museum presents a special selection of the renowned French still-life and genre painter's works. Overseen by Pierre Rosenberg, director emeritus of the Musée du Louvre, the event features rarely seen masterpieces such as Basket of Wild Strawberries, and Saying Grace, Known to have been among Catherine the Great's favorite pictures. Join us in this unique opportunity to savor pairs of Chardin's paintings and compare his varied approaches to similar themes as you are escorted back to the 18th century and a world of uncommon splendor.
Jean Siméon Chardin 1699-1779
フランスを代表する画家であるジャン・シメオン・シャルダン(1699-1779)は、静物画・風俗画を中心に数多くの名作を世に残しました。没後忘れ去られたシャルダンは、19世紀半ばに、ヨハネス・フェルメールを再評価したトレ=ビュルガーら評論家たちから注目を受けたのをきっかけに再び脚光を浴び、今日の欧米ではフェルメールよりも人気の作家です。
…芸術はありふれた日常の姿を変える。あるいは現実の別の側面を掲示する。こうした古典的な定義は、シャルダンにぴったり当てはまる。プルーストは、シャルダンが 「描いて美しい」 と思った、まったく何の変哲もない家庭の用具が、「見て美しい」 ことをわれわれに理解させる…シャルダンは彼が見たものを、見たものだけを描く。しかし選択し、単純化し、構成し、さらに再構成して本質に切り詰める。「彼は自然に寄り添った、つまり自然そのままの模倣には満足しなかった。彼は最大の真実を求めた」。…
本展は、日本で初めて開催するシャルダンの個展であり、シャルダン研究の第一人者であるピエール・ローザンベール氏(ルーブル美術館名誉総裁・館長)が監修しました。
【ピエール・ローザンベール氏】1936年生まれ。ルーブル美術館名誉総裁館長。シャルダン没後200年、生誕300年を記念する国際巡回展を組織した17、18世紀フランス美術研究の第一人者です。

会期: 2012 9/8(土)〜2013 1/6(日) 展覧会は終了しました。
開館時間: 木・金・土 10:00〜20:00 火・水・日・祝 10:00〜18:00
※入館は閉館の30分前まで ※不測の事態により開館時間の変更する場合があります。
事前にハローダイヤル、ウェブサイトなどでご確認ください。

休館日:月曜日
※祝日の場合は開館し、翌火曜日休館、
12月25日(月)は開館 12月29日〜2013 1月1日休館

会場:
三菱一号館美術館(東京・丸の内)

画像をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。

「シャルダン展」プレス説明会
©RMN-GP (Musée du Louvre) / Franck Raux
/ distributed by AMF-DNPartcom
シャルダン展 -静寂の巨匠-
プレス内覧会:9/7 '2012


《木いちごの籠》・《羽根を持つ少女》 など本邦初公開26作品を展示
【展覧会の見どころ】
三菱一号館美術館の特徴である連続する小振りの展示室に合わせて、出品作品は世界各地の美術館が秘蔵する作品の中から厳選された名品38作品のみで構成されます。そのうち26作品は日本初公開となります。
《木いちごの籠》― 晩年の静物画の最高傑作と言われる作品。日本初公開。また、個人所蔵のため、普段は非公開。
《羽根を持つ少女》―ロシアの女帝エカチェリーナ2世が愛蔵し、現在は個人所蔵のため、普段は非公開。
を始めとした計38作品を展示する、大変貴重な機会となります。
T 多難な門出と初期静物画
T 多難な門出と初期静物画
狩猟の獲物や、ガラス器、瓶などの台所と日常用具、中国陶器、銀食器、また果物など、これらのモチーフを忠実に熱心に写し取ることに適性を見出さなかったならば、この最初期の風俗画によって、不朽の名声を勝ち得ることはなかった。シャルダンが「動物と果物に卓越した画家」として、王立美術アカデミーに入会を果たしたことを忘れてはならない。そして、小さなサイズでの作品制作を得意としていたうえに、さらに遅筆であったこの画家にとっては、とりわけ収入が多くはないジャンルでもあった。

U 「台所・家事の用具」 と最初の注文制作
U 「台所・家事の用具」 と最初の注文制作
1728年、王立美術アカデミーの会員となったシャルダンは、日々の糧にもこと欠く生活をしていた。狩猟の獲物と果物の静物画を専門としたシャルダンは、制作領域を広げようと試みた。1730年以降、シャルダンは新しい主題に取りかかり、「台所・家事の用具」 を描き始める。日常の用具、台所の道具、慣れ親まれた、平凡な、「貧しい」道具、こうした用具の美に気づき、表現できた画家は、シャルダン以前にはひとりもいなかった。1731年2月、シャルダンはついにマルグリト・サンタールと結婚する ―ただし、婚約は1723年に遡る。

V 風俗画―日常生活の場面
V 風俗画―日常生活の場面
1744年、フランソワ=マルグリド・プジェとの再婚は、パリの平均的なブルジョワジーの世界に引き合わせた。1737年のサロンの再開に規則正しく参加。1740年ヴェルサイユ宮中に参内この日、国王に 《働き者の母》 と 《食前の祈り》 を献上した。1737年から73年の間に、サロンに46点の風俗画を出品した。また、ほとんど必ず作品を版画化させた。シャルダンはもはや庶民の中にモデルを選ぶことはなくなり、未来の妻のブルジョワ階級に眼を向けるようになった。彼の名声は確立され、ルイ15世、オーストラリア、スウェーデン、プロイセン、それにおそらくイギリス(やがてロシア)から注文が殺到した。

W 静物画への回帰
W 静物画への回帰
フランクフルトの美術館が所蔵する 《死んだヤマウズラ》 は、シャルダンの静物画への回帰を画する作品で、彼は15年前から、このジャンルの作品を描くことをほとんどやめていた。だが画業の最後の20年間になると、サロンに出品される風俗画は次第に少なくなり、静物画の出品数が増えていくことになる。筆の運びはより柔らかく滑らかになり、初期の静物画の特徴であった厚塗りは見られない。これ以降、重要になるのは、反映と透明感であり、光と影である。空気は思いのままに流れて、薄明りの中から堂々たる全貌を現す用具や果物を包んでいる。


Chardin
ジャン・シメオン・シャルダン 1699-1779年
パリの人であり、このフランスの首都からは一度も出たことないのも同然であった
ジャン・シメオン・シャルダン 略年譜 (抜粋して掲載)
1699年 家具製造職人の親方シャン・シャルダンと二度目の妻ダヴィドの息子として誕生。
1719年 王立絵画彫刻アカデミーの第二クラスで素描のメダルを受賞。このアカデミーの記録は、独学の画家とされてきたシャルダンのイメージを覆すものである。
1728年 王立絵画彫刻アカデミーに 「動物と果実の画家」 として、準会員、正会員となり、アカデミーに 《赤えい》 と 《食卓》 を提出する。31年サン=シュルピス聖堂にて結婚式。父、ジャン・シャルダン死去。
1737年 中断していたルーヴル宮のサロンが再開、シャルダンは 《羽根を持つ少女》 など7点の風俗画を展示。シャルダンの油彩に基づき、彼を敬愛する版画家コシャンによって彫られた最初の出版が報じられる。40年国王ルイ15世に 《働き者の母》《食前前の祈り》 を献上する。
1751年 サロンに 《セリネット(鳥風琴)》 を出品、これはルイ15世によって注文された作品。代金1500リーヴルを受け取る。52年初めて国王の年金(500ルーヴル)を授かる。57年国王からルーヴル宮のギャラリーに居室が与えられる。
1760年 スウェーデン王妃から、彼女に献呈された版画 《デッサンの勉強》 《良き教育》 の返礼としてシャルダンにメダルが贈られる。
1771年 ショワジー城とベルヴュ城の作品に代金が支払われる。サロンに 《秋》 と1点の自画像と3点のパステル画を出品。1772年ジャン・ピエール・シャルダンがヴェネツィアの運河で溺死する。
1779年  出品した最後のサロン。パステルによる頭部習作を数点出品。出席した最後のアカデミーの会議。ルーヴル宮のギャラリーの居室にて80歳で死去。サン=ジェルマン=ローセロワ聖堂に埋葬される。
シャルダンは1699年にパリの職人の家に生まれ、絵画に関心をもつ。ためらい、手探りをし、自分の周りを見回す。彼は師として、ピエール=ジャック・カーズ(1676-1754)を選んだ (それを決めたのは、おそらくビリヤード台製作者の父であった)。シャルダンの最初の伝記作者のひとり、シャルル=ニコラ・コシャン(1715-1790)は、カーズを 「当時の最も優れた画家のひとり」 と述べている。ヴォルテールも 『ルイ14世の世紀』 で、カーズをそのように記している。

お問合せ:03-5777-8600 (ハローダイヤル)
展覧会サイト:http://mimt.jp/chardin
美術館サイト:http://mimt.jp/
主催:
三菱一号館美術館、NHKプロモーション、読売新聞社
特別協力:ルーヴル美術館
後援:フランス大使館
   協賛:大日本印刷
協力:日本航空

参考資料:Press Release、「Jean Siméon Chardin」カタログ、他。

※写真撮影の掲載等は、主催者の許可を得て行っております。

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